2007年 9月 8日 (土)
先日、父方の祖父が天寿を全うされました。虎です。(;ω;)グスッ
そのためしばらく更新を自重していました。
水曜日の朝方にその悲しい知らせを聞かされそれから三日間、学校を
忌引でやすみました。
木曜日に父の家族(虎の家)と伯父だけの親戚葬で最後のお別れを
いいました。
正直、父方の家とは結構疎遠だった。母方の家には夏休みなどで遊びに
行くことは多かったが、父方の家には15年前に父方の祖母が亡くなっ
て以来(その記憶も当時2歳なので曖昧)行ったことがなく、よもや
祖父の顔など覚えてはいなかった。
しかし、その存在はたまに感じることがあった。
3〜4年くらい前。祖母の墓参りに父と二人で訪れたとき、ずいぶん
きれいに掃除され花が供えられたお墓を見た父が
「親父きてたんか…。」
と、ふとつぶやいたのを覚えている。
祖父の家は堺だが、祖母のお墓は和歌山の山中にある。
にもかかわらず80近い妙齢でありながらはるばる妻の墓を訪ねて
きたのだ。
そんな祖父が今年になって病気で倒れた。
医者はもって3ヶ月だろうと宣告したらしいが3ヶ月過ぎて
祖父の体調はむしろ快方に向かっている。とこの前日置川の小旅行
のときに父が話してくれた。
そのとき釣った鮎は持っていって食べさしてあげたらしい。
それくらい回復していたのだが、先日容態が急変し息を引き取った。
日置川のとき父と会社の友人が親孝行について語っていた。
父は、仕事もやっとひと段落してこれから旅行にでもつれてってあげ
ようっていうときにコレ(病気で倒れた)やから。でもウチは身内が少
ないからこれからできることをやろうと思う。といっていた。
でも父を見ていて明らかに悔しさのようなものが自分には感ぜられた。
孝行したい時に親は無し。
この言葉の意味を深く考えさせられた週末だった。
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